ソラノネコさまより暑中見舞いフリー小説ですv
2006年 08月 03日
|
▼
暑中見舞いフリー小説お持ち帰りしてきましたv
注:作品の著作権はソラノネコさまにあります。
ここからのお持ち帰りはダメですよ~。
ソラさま宅にて2006/8月末までお持ち帰りフリーです。
『移ろいゆくもの、移ろわぬもの』
目の前に立ちふさがる心臓破りな坂は灼熱の太陽に焼かれ陽炎を立ち昇らせている。
それはまるで行く手を阻む炎―――勇者を阻む為に地獄の底から湧き出た紅蓮の残像。一歩でも脚を踏み入れれば纏わりつく熱気に体中の水分を奪われて、カラッカラに干からびて干物になってしまう可能性、大だ。
―――でも、負けられませんってね。
俺は自転車を止めて片足を付き、黙って敵を見詰めた。
ここに来るまでに結構な体力を使っている。
帽子のつばは汗染みで赤から濃い臙脂に変色し、額を流れる汗は顔を伝って顎から腿へ垂れ、胸も背中もベトベト、パンツの中もぐっしょりだ。
それでも立ち向かいたい理由はたった一つ。
「・・・大丈夫ですか?俺が代わりますよ?」
「却下。」
心配げに寄せられるコンラッドの声を素気無く切り捨てて、再び自転車のペダルに足をかけ、大きく息を吸い込む。
助走も無ければ牽引も無い、あるのはこの脚に宿る体力のみ。
「―――しっかり掴まってろ。」
何しろもの凄い汗だ。
ニオイもあるだろうし、キモチも悪いだろう。
でも、後ろから伸びた手は何の躊躇いも無く腰に回され、背中に逞しい体が張り付いた。
「苦しくありませんか?」
「全然。それよりも―――いくぞ・・・!!」
応援団は深い緑の濃い木陰。
応援歌は賑やかな熊蝉の鳴声。
チアリーダーは優雅に飛び交うキアゲハ、カラスアゲハ、アオスジアゲハで、ボンボンは咲き乱れる芙蓉の花。
自分自身を鼓舞するように声をかけ、ぐっと脚に力を入れ、短い助走で出来るだけスピードをつけて坂へと立ち向かう。
でも、そんな雀の涙みたいな助走じゃ坂の五分の一も行けやしない。
「ユーリ・・・!」
ぐらっと大きく傾いた拍子にTシャツがぎゅっと握られて、切羽詰った声が応援歌を切り裂く。
「これ、くらい、大丈、夫っ!」
心配性の彼だから。
暇があれば俺の事ばかり考えてるような人だから。
だから、気持ちは手にとるように解る。
でも。
「こう、みえて、チャリ歴、16年、だぞっ!」
「でも、今では乗馬歴の方が長いでしょうっ!?」
「大、丈、夫って、言ってる、だろっ!」
きっと歩いた方が格段に早いだろうし、余程安全だろう。
何しろ一言喋る間にもハンドルはグラリ・グラリと傾いて、つられた体も大きく左右に揺すられているのだから、コンラッドに言われるまでも無く危険極まりない無いと認識している。
それでも、俺は自転車から降りるつもりもコンラッドを降ろすつもりも無かった。
「お願いです、ユーリ!」
「やな、こった!俺が、やるの!絶対、登りきるの!途中、止めは、イヤ、なんだよ・・・!」
視界を覆う痛みの目立つアスファルトに目を焼かれながらキッと前を見据えて、立ちこぎをしながら筋力だけでなく体重の力も借りて亀並みな速度で登っていく。野球で鍛えた腿だ、プルプルしてても多少の無理ならきかせてみせる自信があった。
「も・ちょっと、だから!だから、大、人しく、乗ってろっ!」
もうちょっと、と言いながらも坂はまだまだ半分以上残っている。
息も切れぎみだし、悔しいけど俺よりガタイの良い男を後ろに乗せてるから、ひっぱる重力だってハンパじゃないから相当キツい。
でも。
青い空を切り取るゴールは見えて、俺はその先にあるモノを知っている。
何より、ソレを見せたくてここまで来たのだから、諦めるなんて絶対嫌だった。
「たの、む、コンラッド、応援、してくれっ!」
「解りました。では、ユーリ、『頑張って』!」
「おう、まかしと、けっ・・・!!」
改めて腰に回された手に鼓舞されて、俺は根性でペダルを踏み降ろした。
ここが絶好のビュー・ポイントである事を知る者は少ないと聞いた。
そんな場所を何故俺が知っているかと言うと、たまたま友達と海水浴に行った時に探検気分でこの道を通ったからだ。
その時の衝撃は薄れる事なく俺の裡にある。
「・・・ど、う?」
そよ、と幽かな風が汗に濡れた前髪を揺らし通り過ぎてゆく。
荒い息のまま乱雑に顔をタオルで汗を拭い、繊維が鼻の頭に張り付いたのを指先でとって隣に立つコンラッドを見上げると、彼は呆然と眼前に広がる風景を見ていた。
返事は、無い。
その横顔こそが何よりの返事だった。
頭のてっぺんから焼き尽くす太陽を躍らせる濃い緑の葉。
サファイアを溶かしたような紺碧の海と、プラチナのような白い波頭。
くっきりと分かれた水平線から立ち上る綿菓子のような大きな入道雲を、時折かもめが黒い影を落す。
絵の具を溶かし込んだ水色の空は何処までも透き通っていて、どこかの畑に植えられているのであろう黄色い向日葵を際どく浮き立たせていた。
人に都合良く整備されていく自然はどうやったって人工的な気配を濃く残す。
なのに、この景色の中にその色は全くと言っても良いほどに無い。
道路だってあるのに。
樹木だって伐採されてるのに。
家だっていくつも見えるし、海に大きなタンカーだって浮かんでるし、遠くに望む道路に車だって走ってるのに、人の気配よりも自然の息吹の方が濃く、深い。
だから―――ここがどこか解らなくなる。
「・・・圧巻・・・と言うよりも、少し怖いくらい・・・かな。」
お世辞や追従では無い正直な感想に、俺はこくんと頷いた。
「始めて見た時、俺もそう思ったよ。一瞬大自然に飲み込まれるような気がして思わず友達の腕を掴んだら、ヘンタイ扱いされた。」
「変態扱いをしたご友人の気持ちは解りませんが、ユーリの気持ちは解ります。俺も貴方と一緒でなければ魂を抜かれてこのまま坂を転げ落ちたかもしれない。」
「それは勘弁して。あんたを介護するのは大変そうだ。」
軽口を叩きながら。
大きな枝の下の闇とも見紛う木陰に移動して持参したペットボトルの水をあおる。
「生ぬるいけど、大丈夫?」
「俺は平気です。―――氷、買えば良かったですか?」
「ん?いや?俺は最終的にこうするし、ね。」
半分近く残ったペットボトルを翳すと、即席の虫眼鏡の向こう側を玉虫色の黄金虫が右から左へ横切った。それを見送って。
「・・・っ、ひゃ、」
こぷこぷと可愛らしい音をたてて毀れる水を頭からかぶると、一瞬あっけに取られたコンラッドが『貴方らしい。』と言ってタオルを差し出してくれた。
「さんきゅ。・・・あ、涼し。」
きゅ、と髪を拭くのを見計らったように、今まで全く拭いていなかった風が頬を撫でる。
木陰の風は深い森に熱を奪われるのか思いのほか冷たくて、腕を上げるとシャツの隙間を通り抜けて体温を鎮めてくれた。
調子に乗った俺は案山子のように両腕を水平に上げ、風の流れに平行に立つ。
するとコンラッドも同じように両腕を水平に上げて俺の後ろへ立った。
二人の間をそよそよと流れる風を感じながら。
『夏』に満たされた世界で。
俺とコンラッドは時間を忘れて笑い合いつつ、暮れ行く季節を堪能した。
「ずっとあのままだといいですね。」
『帰りは俺が。』と言って譲らなかった彼に自転車の主導権を渡して、恐怖と快感を味わいながら坂道を滑り落りて。
平坦な道を右に大きく曲がった時に、タイヤの無い真っ赤なスポーツカーが横を通り過ぎて行った。
それを止まって見送って、再びペダルを漕ぎ始めた彼が前方に街を見ながらぽつりと呟いた。
「そうだな。でもま、俺が『皆』の記憶から消えても変わらなかった景色だ。多分これからもずっとあのままだよ。」
「・・・そうですね。」
整備された道にはオレンジ色の誘導体が取り付けられ、その上を規則正しく車が―――俺の記憶が『車』と認識する形状よりも少しばかり違うけど―――何台も通り過ぎてゆく。
中は偏光ガラスと特殊フィルムのせいで窺い知れないが、俺達のように夏の一日をひとしきり楽しんだ人達が乗っているんだろう。
俺があちらに旅立ってもう80年が近い。
友達だった殆どは、天寿をまっとうして天国に旅立った。
なのに俺は、旅立ったときのまま。
幾分かの成長は見られたけど、特異な生まれと持って生まれた眞王並みな魔力のせいか、普通の魔族以上に成長が・・・老化が遅かった。
それはコンラッドも同じで、母親の遺伝の影響か、始めてあった時よりあまり代わり映えがしない。
ほんの十数年前、俺よりも一足先に天寿をまっとうして再び目の前に現れた双黒の大賢者曰く、俺とコンラッドの間には特殊な結びつきがあるのだと言う。
もう俺の痕跡は地球の何処にも残っていない。
人々の記憶にも、記録にも、何処にも『渋谷有利』は存在しない。
それは仕方の無い事で、とうに納得済みだから感傷に耽るつもりは無いけれど、それでも拭いきれない一抹の寂しさはある。
だって俺は地球(ここ)で生まれて育ったのだから、仕方の無い事。
でも、皆が俺を忘れても俺は忘れないし、どんなに時が流れても変わらないものだって、ある。
「・・・綺麗ですね。」
「うん。」
今まさに海に沈まんとする太陽が空一面を朱色に染め上げながら金色の海に融けてゆく。
それは何億年という時をかけ何億回と繰り返された星の運行であり、いつか俺が死んでも絶える事無く繰り返される不変の流れで、昔よりも増えた浜辺にざざんっと寄せては返す波も、この先も飽きる事無く、寄せて、返し、永久に繰り返す。
「・・・色が鮮やかだと思うのは気のせいかな。」
「いえ。気のせいでは無いと思いますよ。・・・人々の努力が報われた証拠ですね。」
「うん。」
俺がまだ地球で高校生をやってた時はこのままのペースで温暖化が進めばあと幾年もしないうちに地球は破滅するとまで言われていた。
なのにこうして地球に『帰って』くる事が出来るのは人々の弛まぬ努力があったから。
こればかりは離れた者で無いと感じられない、有り難さだ。
眞魔国は俺の国で、俺の故郷。
地球も俺の国で、俺の故郷。
それは幾年この身に重ねようとも不動の事実。
だから。
「―――また、こよう。」
「えぇ、必ず。また来ましょう。」
「うん・・・て、コンラッド、前、前・・・!!」
「え?ぅわっ!」
―――キキィ・・・!!
金切り声を上げて自転車が止まり、顔色を変えた運転手が車を飛び降りてきて、自転車初心者の見事なわき見運転のお陰であわや接触事故を起こしそうになって冷や汗をかきながら謝る俺達の後ろで、『また、おいで』と言うように山の清水から這い出した蟹が片方の挟みを振っていた事に気がついたのは、苦笑いを浮かべて『怒る気が失せた』と顎をしゃくった、豆絞りの手ぬぐいでねじりハチマキをした粋なおじいちゃんドライバーだった。
2007.08 ソラノネコ
/////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////////
毎日暑い中、素敵な小説をありがとうございましたーvv
地球の未来がきっとこんなでありますように・・・
(って、それは「今」と「これから」の私たちしだいですね)
坂道を登る姿が目にうかびます・・・v
by pontika
| 2006-08-03 00:00
| ▲